ブラジルサッカー留学・COJB/シーオージェイビー
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高校を行かずにサッカー中心の生活にするということは

時代は変わっても(一昔は高校まで行くのが普通とされていたが、現在では親の考えも変り好きな道を行かせるケースも多くなった)高校へ行かない、休学、退学(中退)そして好きなサッカーをしたい。
そしてその希望がかなうということはある意味「わがままがそのまま通る」ということになります。
ご両親の願いは「せめて高校までは・・・」という考えはあることでしょう。
本人は、できれば高校には行かずに好きなサッカーをしていたい、ブラジルなどに留学したいと考えるでしょう。

ただ考えなくてはならないのは、「皆が行くから俺も行く」では何も人生の目標もないし、まだ見つからないから、とりあえず親の言うことを聞いて、大学まで行っておくかと同様の考えで、高校へ行く義務は毛頭ない。
希望校に合格するまでは懸命に暗記(本来勉強と書くが、一時的な場合もあるため暗記とした)して、合格したら堕落した生活のスタートでは困るから、最初から考えて進路を決めるのが大切でしょう。

ただどんな道を選ぶにしても、「人生を生き抜いていく強い糧やきっかけ」となることがこれからは大切になると思います。
ですから、高校も行ってみないと判らないでしょうが、高校にも学べることはいくつもあることは確かです。ただ、目指す道が若ければ若いほど有利であるという世界もあります。
それはサッカーの世界も例外ではありません。

ただその選んだ環境が「楽な方向」では困るのです。
サッカー選手になる道が楽なのではなく、君が選んだ環境が『好きなサッカーだけをただする』というものではなく、サッカーの厳しさだけでなく、社会の厳しさも同時に体感できるような環境も同時進行していかなければ、高校へ行かないでサッカーの道だけに絞ることはお勧めできない。
何故なら、サッカーの世界はそんな甘い世界ではないので、その現実を知る前に同時進行でできる限りの人生勉強もしていかなくては、積み重ねは薄っぺらになってしまいます。
サッカーの道でプロに到達できなかった場合、学歴も中卒で、サッカーしかしてきていないから何も世間の常識、社会もわからないから「どうしよう」では困るのです。

高校へ行ってもアルバイトはしますね?ならば普通の高校生となんら生活は変わらないのです。ただ、普通の高校生活をしている人は、ある人は満員電車に揺られ、雨でも、雪で寒くても暑くて面倒くさくても学校へ行かなければなりません。
授業も個人差ありますね?
眠くてもどんな教科でも居眠りせずに最後まで聞く人と、最初から眠りに入り学校をカプセルホテル代わりにしている人、ただ授業日数を消化している人多々あるとは思うけれど、好きな道を行く人間は、瞬間、瞬間を大切にしていかなくては、高校へ行かなかった意味、価値がなされなくなってしまう。
好きな道に行くことを許された人間は、さらに自ら修業を課していかなくては、好きな道はサッカーの世界でいえばただの鞠蹴りになってしまう。

目的があり、それに対してひたむきに取り組む姿勢があるなら、むしろ進学なんてする必要がないケースもある。却って進学するよりも効果的な場合もある。

技術、体力などグランドに関する面に関して、精一杯全力で毎日やるのは、最低限のレベル。好きなこと、自分が好きで選んで親に許可を貰った道、やって当たり前。
仮に毎日の練習が厳しく、ヘドが出そうでも意味があるものなら決して逃げてはならない。
ただ、それだけでは高校をエスケープした代償にはならない。

サッカー一本の道、技術、体力以外の強化として、精神面は規律、礼節、考え方、楽な方向へ行かず敢えて厳しい方向へ進む強さといったものが、例えば意識や確立されていない者がもしブラジルやサッカーチームに入門しても、得てくるものは小さいというものは過去のCOJBへ入門した選手を指導させて頂いてはっきりとしたものでした。

目指している間に「自分は高校を中途半端にした」という自覚が残り「何か成果をあげなくては」という危機感にも変わってくるのでしょう。後に「自分は中学にしか出ていない」という劣等感を覚えるというよりも「だから、いろいろな面を経験し勉強しなくてはならない」という前向きな姿勢になっています。

その中の取り組みとして、まずJリーグのスタジアムの物販の仕事。ジュニア年代の指導者、アルバイト、地域の活動に貢献する行動。高校で勉強する代わりに、何かを若者達にメッセージ性のあるものを活動することにより、どの活動も色々な人との触れ合いもあるため、人生を生き抜いていくための肥やしになっていることを発見いたしました。
要は「サッカーだけをさせない」ということになります。

そう考えますと、時代の流れですが、無理に高校へ行かせることが果たしてどうなのか?といいますより、高校の代わりになる場所の選択がかなり重要になってくることも間違いはないと思います。
そして何より、どの環境でも中々身につきにくい「常に前向きな姿勢で物事を捉え、何をやっても我慢し、生き抜いていける自信」をサッカー一本で目指すことにより得たOBが存在しています。サッカーではプロとして認められなかったとしても、社会には認められる場合があります。その例は引退したら「うちへ来て社員になってくれないかな?」というオファーを受けているということです。

ですから却って学校へ行き授業もろくに聞かず居眠りし、ダラダラ生活し、進路を決断するのも遅く、いつまでも親元にいて親と喧嘩ばかりしている若者になるよりも、目指した方がより成長に繋がる場合もあります。
親から「勉強しなさい!!」「家でグータラしないでよ!!」「手伝いぐらいしたら?」という親の言葉に「うるせーなー」の返事。解ってはいるけれど、どうしたら良いか判らない。
その点では目標ある人間は自然にやらざるを得ないのです。
それは好きなことばかりやっていればそれに到達するのか?といえばイコールにならないですから。
サッカーという一つ目指すものがあり、それが険しいものであればあるほど、挫折、困難は避けられませんから、教科書の勉強はできなくとも人生勉強を半ば自然にさせられるような仕組みになっているのが面白いと思います。

そう考えますと、若くして親元を離れ外の他人に教育をしてもらうということの方が、もしかしたらよっぽどこの年代には効果的な場合もあるかもしれません。
その、成果を確かめに行くために、さらに異文化に触れる、COJBの場合はブラジルというあまり豊かでない国で(ブラジルには失礼をしてしまいますが)裕福な国の若者がその現地の若者のシビアな生活を見て何も感じなかったら、ブラジルへ行かせた親というよりも、行かせた会社もしくはチーム、或いは指導者がある程度責任を感じなくてはならないとつくづく思います。
それは、指導の内容に「物事を見て感じて、感謝する気持ち」というものがもしかしたら入っていなかったのかもしれないからです。

より早い年代からその道を目指し、仮に目指すものに到達できなくとも、第二の人生では精神面のベースが作り上げられているとすれば、却って高校3年間でなんとなく過ごすよりも人生を決断していく上ではより明解なのかもしれません。
但し、もう一度確認しなくてはならないのは、高校へ行かない分、他で人生の糧、修業になる環境でなくては無意味であるということをお伝えしておきたいと思います。
学校は20歳になっても行けます。本人の気持ちがあれば。
ただサッカー選手を目指すのに20歳を過ぎてからでははっきりいって遅いことも付け加えなくてはならないでしょう。
C.O.J.B.
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